「風見、年越し蕎麦ができたらしい―――」

―――からキッチンに来てくれ、と言おうとして、結城丈二はリビングの入り口で立ち止まった。
視線の先にはすやすやと寝息をたてて熟睡している風見志郎の姿…。
ソファーに背を預け、腕を組んで座ったままうつらうつら揺れている風見は、結城が近付いても起きる気配がない。

（風見がこんな所で寝てるなんて珍しいな）

きっと年末の準備で疲れたんだな、大活躍だったから―――と、起こすのが忍びなくなり、結城は風見を起こさず、キッチンに集まって自分達の到着を待っている同居人達の元へ向かおうと踵を返した。
が。

「……ちょっとだけ…」

ふと、普段なら至近距離で見る事のない風見の顔が見たくなって、そっと足音を忍ばせて風見に近寄った。
息が触れるほど近くにより、マジマジと観察してみる。

「睫毛長いな…。目は切れ長だし、鼻もスッと通ってる…。眉も太くて男らしいし…」

風見はやっぱり美人なんだな―――と、改めて感心していると、頬にうっすらとした消えかけの傷痕を見つけ、結城は一瞬ハッと息を呑んだ。

（この傷は―――）

脳裏をよぎるのは昼間の出来事。
神敬介に頼まれ、普段は滅多に飲まないくせに一度飲みだすと際限がない大酒飲み三人用の酒を買いに酒屋へ行く途中、いきなり【デストロン】の怪人と戦闘員が二人に襲い掛かってきた。
突然の事に結城が戸惑っていると、その隙を見逃す筈もなく戦闘員の一人がナイフを結城目掛けて投げつけた。

『風見！』

その時、結城を庇った風見が負った傷―――それが消えかけの頬の傷だった。
割と深く切られていたが、もうすぐ完治しそうだ。
―――だが…。

（…今はもう消えて見えなくなった傷を、君はたくさん負ってたよね…）

その大半が結城を守る為に負った傷。

（お礼を言おうとしても、僕が大丈夫ならそれでいいとか言って、言わせてくれなかった…）

でも、今なら―――

「いつもいつも守ってくれてありがとう」

一年分のお礼を言っても良いよね…？

「僕も頑張って強くなるから―――」

それから、密かな誓いも…。

「来年は僕に君を守らせて欲しい」

そう呟くと同時に、結城は風見の額に誓いのキスをした。

◆◇◆◇◆◇◆

パタパタというスリッパの音が聞こえなくなったのを確認してから、

「ふぅ…。まいったな…」

風見志郎は瞼を押し上げ嘆息した。
緊張したせいで汗をかいている。
汗のせいで額に張り付いた髪を書き上げながら、その事に結城丈二が気付かなかった事に安堵した。
ソファーに全体重を預けて背を反らす。
天上を見つめながら、先程の事を思い返す。

（…ちょっと疲れたからうたた寝をしたいた…それだけなんだが、何故か気付いたら目の前に結城がいて―――）

驚いて、何故かそのまま寝たフリをしてしまった。
幸か不幸か、その時結城は遠い目をしていて気付かれぬ事はなかったが……。

（あんな事を言われるなて…）

『僕に君を守らせて欲しい』

青天の霹靂。
まさかそんな事を考えていたなんて思ってもみなかった。

（だが…）

風見はじわじわと込み上げてくる幸せに、思わず頬を緩ませた。
時計の針は間もなく十二時を指そうとしている―――。

終