『光の中へ…』

 

 

 




 暗い闇の中で、水木霧子は一人立っていた。
 何も聞えなければ何も見えない。そうなると、思考は自然と己自身に向かう。霧子はここ数ヶ月の自分を思い返した。
 仮面ライダーX・神敬介を助け、ICPOの秘密捜査官である双子の姉・水木涼子と共に悪組織【GOD】と戦った数ヶ月を…。
 双子の姉といっても、別々に育ってきた為、共通の思い出という物はなきに等しい。それでも涼子は霧子の双子の姉だった。彼女の気持ちは、霧子には痛いほど解ってしまう。
(…そう、解ってしまった…。敬介さんに対する姉の気持ちが…)
 霧子が始めて敬介に会った時、既に彼は実の父親の手で改造されており、更にその父親も亡くなっていた。信じていた婚約者である涼子に裏切られたと思い込んだ―――仕方のない事だが―――敬介は、絶望に突き落とされた表情で、左太腿の傷の痛みに耐えていた。
 そんな彼に、首に捲いていた白いマフラーを渡した時の心境は複雑だった。動揺が彼に知れないよう、努めて平静を装い、感情が表に出ないように単調に言葉を紡ぐ。それ以降。霧子はずっと敬介に対しそういう態度を取ってきた。
 姉の本当の気持ちを教えたい衝動に駆られた事は幾度もある。しかし、出来なかった。する訳にもいかなかった。姉に口止めされていたからだが、それだけではない。
(…何故なら、姉さんと同様、私も……)
 解っていた。涼子が敬介を愛している事は…。そして、そのせいで苦しんでいる事も。
『私がもっと冷静でいたなら、彼にあんな苦しみをあたえる事もなかったのに…!』
 姉の悲痛な叫び声が、霧子の胸に響く。
 それに呼応するように、霧子の顔も苦渋に歪んだ。
「ふふふ…バカな姉さん…」
 自嘲気味な苦笑が漏れる。何故ならそれは、自分へ向けた言葉でもあるのだから―――
「バカな私…」
 愛してしまった。姉の涼子と同じように…。いつからなのか?―――それは霧子自身にもわからない。ただ、気付いた時にはもう手遅れだった。
 双子の姉の心と同調してしまった?そう言われても仕方無いだろうし、否定も出来ない。嫌、むしろ、そう考えれば説明はつく。
 霧子は自分の胸の前で、左手で右手を握り締めた。目を閉じ、愛しい人の姿を瞼の裏に見る。
(…今どうしてるのかしら…。傷ついてなければ良い…苦しんでなければ良い…けど…)
 一筋の線が霧子の頬に引かれる。
 その、冷たくもあり熱くもあるそれは―――まぎれもない。涙だった。
「それは無理ね…。そうでしょう?―――姉さん…」
 霧子は振り返り、いつの間にかそこに立っている双子の姉を見た。
 いつもの帽子を被ったまま、彼女は妹に微笑を返した。どこまでも悲しげな微笑を…。
 ゆっくりとした口調で、霧子と同じ凛とした声を出す。
「…ええ。そうね。…貴方の言う通りよ」
 一呼吸置き、彼女は続ける。霧子と一緒に―――
「だから、まだ死ぬ訳にはいかなかった。それなのに…」
 涼子の気持ちが痛いほど霧子に解るように、霧子の気持ちも涼子に痛いほど伝わってしまう。それ故、【GOD】総司令を欺く事が出来たのだ…が。
 涼子は帽子を取り、暗闇の中へそっと手を離した。帽子はあっという間に闇に飲まれた。涼子はそれを目で追おうともしなかった。ただ、じっと目の前に立っている妹を見ている。
 それは霧子も同じだった。
 まるで、二人の間に一枚の鏡を置いているようだ。
 二人は、又、同時に口を開いた。
「…だけど、体が勝手に動いていた…」
 涼子は霧子に悲しげな―――だが、柔らかい笑みを向けた。
「三人で会いたかったわね…」
「そうね。姉さん…」
 霧子も涼子に笑顔を向けた。悲しげでもあり、暖かくもある笑みを…。
 二人は片方づつ手を伸ばした。触れる指先。握り合う手と手。しっかりとつながっている姉妹の絆。
 唐突に、側面から光が射しこんで二人を照らした。それをゆっくりと視界にいれる二人。
 二人は光を見ながら、又もや一緒に語りかけた。自分の命をかけて愛した男へ…。
「悲しまないで欲しい。私達の死で心に傷を作って欲しくない。何故なら、私達は貴方の笑顔が何よりも見たかったのだから……。今はまだ…当分無理かもしれないけれど、いつでも貴方が笑顔でいられる日を祈っているし―――そうなる日まで、見守っているわ」
 二人の言葉は敬介に届かないだろう。だが、それでもいい。それでもいいと、双子の姉妹は思っていた。
「そうよね、姉さん?」
「ええ」
 光に向かって歩きながら、双子の姉妹は笑いあった。ついに神敬介が見る事の出来なかった、年頃の女性らしい無邪気な、美しい笑顔で―――。

 

 


 


今年(二〇〇二年)の夏に『冬の海の記憶』をコピーで出した時、
「霧子さんの方の内面も書きたいなぁ〜」と思ったけど長いのは無理なんで
短いのを書いてお試し用としてチラシと一緒に配りました。
多分、ライダーが一人も出てこない唯一の小説。
「一年を締めくくるのに良い小説かな〜?」と思って今日(大晦日)までとっておきました。

 

 

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